仲条幸一のブログ

仲条が感じたり考えたことを書き連ねるブログ

「真似」することと「芸術における模倣」の違いについて

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オリジナル曲とパクリ問題

音楽を作曲をする上で、先日、

どこからがパクリでどこからがパクリじゃないのか、ということを特にコード進行について話題になりました。

有名なメロディーを、あたかも自分が作ったかのように意図的に用いる。

これは、パクりですよね。盗作です。

パロディーというと別ですが、それは少し話が違うのでここでは述べません。

(ちなみにパロディーは、先行作品を批判的に模倣するという意味があります)

 

ではコード進行(いわゆるハーモニー)はどうでしょうか。

調整やテンポは違えども、同じコード進行の曲はごまんとあります。

これはパクリじゃないんでしょうか。

そのことを私なりに少しだけ掘り下げてみようと思います。

 

コード進行は「真似」してもいいのか

そもそもコード進行が同じ曲なんてごろごろあります。

ビートルズの「let it be」が大きな古時計と同じ進行だったり、

スピッツの「空も飛べるはず」はイルカの「なごり雪」サビと同じ進行だったり、と

挙げていけばキリがありません。

 

それでも私たちは自分が作った曲をオリジナル曲、という言い方をします。

それってどういうことなのでしょうか。

ここで出てくる芸術論。

「ミメーシス」です。

 

「真似」と「ミメーシス」の違い

ミメーシスという言葉は聞き慣れないかもしれませんが、

「芸術における模倣」のことです。

芸術における模倣は、芸術の基本的な概念であり、

とても大事にされてきた考え方です。

それこそアリストテレス大先生の頃から提唱されています。

 

例えば、朝、太陽が昇るということに猛烈に感動したとします。

自然の中で、こんなに美しいものはない。超然とし、自立している、などなど。

そのことを、音楽で作曲したとします。

しかし、音楽はどこまでいっても音楽であり、朝の太陽はどこまでいっても朝の太陽です。

「作曲した音楽」=「朝の太陽」となることはありません。

つまり「作曲した音楽」は、「朝の太陽」を「芸術として模倣した」ということです。

この「芸術として模倣した作品」を「ミメーシス」と呼ぶ訳です。

 

 

ただ真似するだけではなく

ユングが言ったことに、

「芸術のうち作品創造のプロセスに関わる部分だけが心理学の対象になりうる」

とあります。『創造する無意識』より(写真参照の本です)

 

つまり音楽で言い換えるならば、

作曲する過程には、作曲家の心が働いている訳です。

 

一例をあげます。

例えば、花火を音楽にする。

 

花火がどーんとあがり、ひゅーんと音を当てた後に、ぱちぱちぱちと火花を空に散らせたとします。

 

これを音楽で表現する場合、

まさかどーん、ひゅーん、ぱちぱちぱちに似た音を探して並べて、はい、音楽です、という作曲家はいるはずがありません。

 

どーんという始まりの音は、物語のはじまりを告げる音として、

調の1の和音から始めようかな、とか。

ああ、でもドミソじゃなくてオミットした方がいいかなあ、とか。

 

ひゅーんとあがっていく、あの緊張感の高まりを表すのに、

コード進行が縦に上がっていくことで表すならば、

Dm→Em→F→Gがいいかな、とか。

縦の5度巡回にして上げていけば、

Dm→Am→Em→Bm-5だなあ、とか。

 

ぱちぱちぱちと色鮮やかに弾けながら消えていくのを、

ハーモニーも下降したい。でも鮮やかさは残したいからベースだけ下降させて、

C→ConB→ConA→ConGにしようかな、とか。

 

こういった発想は作曲者それぞれによって違います。

どんな花火か、どこで、誰と、いつ、何歳の時に、などなどによって違うの当たり前です。

しかしこの「作曲した音楽」は、ある出来事の「ミメーシス」であり、

その作曲者にしかない、心の動きによって形になっているのです。

 

さて、何がいいたいか、というと。

 

単純にあの作曲家のコード進行、面白いから覚えとこう、というのも良いのですが、

なぜ、このコード進行を使って表現しているのだろう、という「なぜ?」の着目を忘れていると、

実はいつまでたっても作曲の幅は広がっていかない、ということなのです。

 

コード進行を作曲した人からもらうだけなら、ただの真似。

これももちろん全否定されるものではありません。

しかし、作曲家がコード進行で表したかった感動や、その精神性も含めた「ミメーシス」を考える。

それが正しい意味での「芸術における模倣」であり、

作曲における「引き出しの増やし方」だと私は考えます。

 

著作権

ここまで言っておいてなんですが。

最後に著作権について。

 

当たり前かもしれませんが、コードには著作権がありません。

楽曲に著作権が発生するのは、「歌詞」と「旋律」だけです。

 

 

このことに感謝。

 

いじょう!