確信犯ピエロ
という名前で先日、固有名詞をいただいた。
なるほど。
意図的でなければならない。
自由へと昇華するのが芸術、というのはひとつの解釈ではあるけれど、
絶対的な答えではない気がしてきた。
『ニーチェ入門』という本を読む。
私の中で、芸術に関する知識が諸すぎる。
アポロン的解釈も、ディオニュソス的解釈も、その意味は分かる。
しかし、それを対照的に扱おうとすることは疑問が残ったし、
友人のブログで偶然見かけた、ディオニュソス的解釈に対する指摘もごもっともだと思う。
ただ、包括して考えると、いずれにしても意図的でなければならない。
理性・合理性・客観性・熱狂性・興奮性、、、
これらのどれを扱うのも、自由だ。
しかし自由であるがために、この自由を扱える必要がある。
それには、もう少し考察がいる。
確信犯になるために。
あけましておめでとうございました。
いじょう!