仲条幸一のブログ

仲条が感じたり考えたことを書き連ねるブログ

結局は帰路に着き

さいきん、ふと、昔のことを思い出す。

今日は、ふと、小学生のころのことを思い出した。





ある時期、僕はずっと死ぬ方法について考えていた。


死とはなんだ。
生きるってなんだ。
いくら考えても答えがわからず、眠れない夜が続いた。

生きているのが、くるしかった。
どうでもいいことだらけで、もう、死にたかった。
胸に手をあてた時に、どくどくいってるこいつはどうやったら止まるのだろう。
そんなことを来る日も来る日も考えていた小学生。


だけど、僕は死ぬために苦しみたくもなかった。

首をつることは苦しそうだった。
飛び降りることは痛そうだった。
ナイフで突き刺すのも痛そうだし。
車にぶつかるのも、ちょっと違う気がした。

たどりついた答えは、僕の中では、背中をナイフで刺すのが一番くるしくないと思い至った。
しかし、背中に刺すというその方法が自分では思いつかなかった。


そしてそれらの方法は、人に迷惑がかかってしまうことも僕をためらわせた。
死んだ先の僕を、みんなはどう思うのかはわからない。
だけど、死んだ僕を取り扱いで、みんなに迷惑がかかる。
死んだ自分に、掃除をすることはできない。


そうして僕は、結局死ぬことがないまま。
中学まで妄想だけ延々と繰り返し。
高校に入るころには自ら死のうとは思わなくなった。



生きるとは何なのか。
今の僕は、それを違った視点から捉えようとしているだけに過ぎない。

生きながら死んでいるような自分。
死にながら生きているような自分。

何も変わってないんだなあ、って。
思う。


さぁ


はじめようか。



いじょう!