仲条幸一のブログ

仲条が感じたり考えたことを書き連ねるブログ

ROAD FRIENDS

自分の楽曲のアレンジ作業をしている。

フルートも、
オーボエも、
バイオリンも、
チェロも、
コントラバスも、
私は弾けない。

弾けないけど、アレンジには入れたい。

こういうのは奏者の気持ちになってみるのが大事だけれど、
楽器がそもそも弾けないのに奏者の気持ちはわからない。

だから知る。
どういう音の作り方が、並べ方が、作り方が、構造が、良いのか。
知ることからしか、作れない。

オーケストレーションは面白いね。
クラシックの音楽って構造主義だ。
要素と要素の関係性で成り立っている。

面白い半面、
ぎちぎちしているともいえる。

要素は独立できないのか。




さ、

明日はROAD FRIENDSのサポートでピアノを弾く。

彼らの曲に「重音」という曲がある。
「かさね」と読む。

その曲の中で、彼らは、
人間と人間が交差する人生をハーモニーに例え、
「重音」と表現している。

音楽用語としての「重音」は、
1人で2つ以上の音程を鳴らすことをいう。
2人以上で違った音程を鳴らす場合は重音ではなくて、
和音と普通はいう。

しかし彼らの曲、「重音」は「和音」ではない。

ここに大きな意味があると思っている。

私と誰かの人生が交差する。関係が生まれる。
しかし人と人とが交わるのは、自分の心の中だ。


1+1は2にはならない。
1と1が並列するだけ。

だけど1がもしかしたら2や3や4であるかのように感じることができるのが、
この1+1の不思議なところで、
そして感じるのは、やはり自分。
交差する相手も感じてくれたら、嬉しい。奇跡だ。


今回、私と交差するROAD FRIENDS。
10にも20にも重鳴ればいいと思う。


いじょう!